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グルスキーの話。

“チップスターの写真”
〈写真と本文はそんなに関係ありません〉

グルスキーはお菓子の名前ではなくて、写真家の名前。
アンドレアス・グルスキー、ドイツの現代写真を代表するかなり著名な写真家。
巨大なスーパーマーケットの内部や、証券取引所、工場、マンション、ビル…。
整然としつつも、人やモノの異常な量感で狂気めいた印象すらある写真…というのが、とりあえずわかりやすい代表作。知らない人は画像検索してほしい。
(自分も別にファンではないのでよく知らないけど)

そんな彼の写真を、最初はまさにそれが“写真”であるためにとくに考えもせず、「実際にある景色」だと思っていたのだけど、後になって合成されたものだと知って、その景色の不自然さが腑に落ちた。
そして、そのことを知る前と後とで、僕の中のグルスキーに対する印象がどうなったかというと、「より好きになった」のだ。
なぜかというと、もし、彼の写真が実景を撮ったものだとしたら、それはただたんに「珍しい景色を撮るおじさん」ということになってしまうからだ。
そうではなくて、加工を加えることでただのドキュメンタリーを超えたメッセージ性がでてくる。現代社会への皮肉とも言えるし、一種の巨大なギャグでもある。
もし具体的な場所で撮った写真そのままだとしたら、その特定の場所で起きていることについて語る写真に収まってしまいがちだが、加工することで表現が抽象的になり、抽象的になれば普遍的になる。(この原理は、すべてのフィクション、ファンタジー文学等が「ただのウソじゃん」と言われずに価値あるものになっている根拠でもある)
グルスキーは「アートは現実をそのまま映し出すべきではない」と率直に述べている。
“写真”を“撮った”だけでなく、“光画”を“描いた”わけだ。
加工したからこそ、アート作品としての価値が出てくる。もちろんドキュメンタリー写真にも価値はあるが、もし「珍しい景色を撮るおじさん」だったとしたらそんな彼の写真に3億4千万円の値段がつくことは決してなかったはずなのだ。


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