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写真展おわた


ルデコでの11人のグループ展「sense(s)」が終了しました。どうもありがとうございました。
さっそくですけど、展示した写真はこんな感じっつって一部載せてみるけど、なんだか劇場公開終わってすぐDVD出たみたいでなんかちょとアレかなと思いつつ。
身も蓋もないこと言うけどこういうのってプリントよりモニターで見た方がきれいだな…

“”



_KMW4751

_5KM7476

_5KM7130

_5KM3303

写真展をやると、感想のコメントがもらえるじゃないですか、それを読むのが一番楽しみですよね。だから感想ノートを用意してない人を見るとすごく不思議に思いますよ、ボクは。
で、いただいた感想をちょいと紹介。
「胸がザワザワしました、でも、頭はおちつきました」「とてもキレイで心が落ちつく」
そうか、落ちつく写真なのか、コレは…と、自分ではあんまり考えていない感想が”収集”できるのも写真展開催のオモシロミ。
あと、感想の中で「世界観」というワードを使われている方が複数おり、そうか自分は世界を、物語を、組写真で作っているのだなあと、改めて思いました。そうです、そういうのがやりたいの。文学的というか。
あと、こういう精神的なものを表すような写真は、それをやらない人から見るととても不思議なものにみえるようで「なにか表現したいものがあってそのうえで撮るのか」「なにを伝えようとしてるのか」とか聞かれたりしますけど、撮ってる側は本当にその時々の直感で撮ってるだけですので、これといって言語化できるような主題は無いんですけど、逆に言うと言語化できないような主題は無意識的にある(というか同じ人間が撮ってるから勝手に同じようななにかを帯びた写真がパソコンの中に揃ってる)わけですから、それをまさに写真という非言語のメディアで表現して伝達してるわけで、言葉での説明は、できたとしてもあくまで蛇足というもので、写真作品がマグロの刺身だとするとキャプションの類はあくまでワサビみたいなもんで、マグロの煮魚とかサーモンの刺身とか焼き鮭ではないんですよね(例え下手)。

キャプション、と言っていいのか、添えたタイトルらしきものと文章も褒めてくれる人がいてよかったよ。こんな感じ↓
『君といると月が綺麗ですね』
“おそらく誰も彼もが病んでいるので結局のところみんな暗い写真が好きだし明るい写真なんか撮っていると気分が暗くなるから空なんか曇ってる方がよほど健康にいいし曇りや黄昏や夜のひんやりした空気で風邪をひくひきかえに精神の健康を少し取り戻したりもするなんてこともありそうだし夜に書いた手紙は読み直してから出せなんて言うけど言葉にせよ写真にせよ夜の精神状態でなければそうはならなかった仕上がりってのもまたあるからそれはそれで大事にしたい気持ちもあるし表現活動って結局そういうもんなんじゃないかと思うんですけど誰かの手紙が夜っぽかったら僕はそれを鼻で笑ってやろうと思ってるからなんだか意地が悪いですよ。”


この文章のスタイルに決めるまでは悩んだけど、この感じでいいやって思ってからは、すぐ書けたやつ。
っていうかキャプションっていつもだいたいそう、スタイルが決まるまでが悩む。決まったらソイソイ書ける。
文章といえば、面白かった感想は「この写真に添える文字を書きたくなりました」というモノ書きさんからのコメント。うれしいですね、こういうの。書いて欲しいしそれ読みたいじゃないですか。というかノートに書いてほしかった。
あと単純にキレイ、美しいという感想も。ブルーやローキーが綺麗だと。バタバタしながらプリントしたんで心配だったんですけど。本当はお金と時間があれば別の用紙でプリントしてみたかったなぁ…って。

ほんじゃ、また次の展示で。

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